「gauche(左)」の意味
宮沢賢治の小説「セロ弾きのゴーシュ」。
「ゴーシュ」は主人公の名前ですが、この名前を聞くたびに「左」という言葉が浮かびます。
なぜなら「ゴーシュ」はフランス語で「左の」とか「左」という意味だからです。(形容詞だと「gauche」 ゴーシュ「左の」となり、女性名詞だと「gauche」 ゴーシュ「左」となります。)
ではセロ弾きのゴーシュは左利きだったかというと、作中ではそんなことは書かれていません。じゃあ偶然ゴーシュという名前になったのかと言うと実はそうでもないかもしれません。作者がそのことについて言及していないので真偽のほどは分かりませんがこの「ゴーシュ」という名前、やっぱりフランス語から来ている可能性があります。
というのは「gauche」 ゴーシュという形容詞は「左の」という意味の他に「不器用な」とか「ぎこちない」という意味があるからです。
主人公のゴーシュは話の冒頭で演奏が下手だと言われます。ひょっとしたら「器用に演奏できない」ということからゴーシュという名前になったのかもしれません。(もしくは楽器は通常右利き用に作られているので、もしゴーシュが左利きだったならうまく弾くのが難しかったのかもしれません。)
しかしどうして「gauche」 ゴーシュで「不器用な」という意味になるのでしょう?
一説には「右利きの人が多数派で、左手を上手に扱えない人が多かったため」とも言われています。うーん、なんだか不公平な感じがしますね。これだけでなくフランス語単語の「右」と「左」では右の方が良いイメージを持っていることが多いです。
「droite/droite(右)」の意味
ではフランス語で「右」はなんと言うのでしょう?
「右の」を意味する形容詞は男性形だと「droit」 ドロワ、女性形だと「droite」 ドロワットゥです。
この「droit」 ドロワ と「droite」 ドロワットゥには同じスペルの名詞もあります。
男性名詞だと「droit」 ドロワ、女性名詞だと「droite」 ドロワットゥになりますがこの単語は男性名詞と女性名詞で意味が変わります。
女性名詞の「droite」 ドロワットゥはそのまま「右」という意味ですが、男性名詞の「droit」 ドロワはだいぶ意味が変わります。
男性名詞の「droit」 ドロワには「権利」とか「法律」、「正義」、「税」といった意味があります。
例えば1789年に採択された有名なフランス人権宣言(人間と市民の権利の宣言)はフランス語では「Déclaration des droits de l’Homme et du Citoyen」と書き、「権利」と言う意味で「droit」 ドロワが使われています。
うーん「gauche」 ゴーシュが「不器用な」という意味なのに対して「droit」 ドロワはなんだか重要そうな意味が多いですね。

これを聞くとひょっとしたら英語を話せる方は「あれ?英語の「右」(right)もそんな感じだな」と思われたかもしれません。英語でも「右」を意味する「right」ライト には「正しい」「権利」といった意味があります。(例えば「that’s right」(その通り)とか「all right」(大丈夫) といった使われ方をしています。)
左より右の方が優遇されている?
何だかフランス語も英語も「右」を重要視している気がしますね。
どうやら「左」より「右」の方を尊重する傾向は世界中にあるようです。例えば「右に出るものはいない」という古代中国に由来する慣用句がありますが、この表現が生まれた理由も右の方が位が高かったからだそうです。
時代や国によっては「左」を優遇する場合もあるようですが、基本的には「右」の方が上とされる場合が多いみたいです。どうしてなのでしょう?
諸説ありますが、「右利きの人が多い」というのが理由の一つのようです。
ちなみにフランス語で「左利きの人」は男性形で「gaucher」ゴシェ、女性形で「gauchère」ゴシェ―ルと言い、「右利きの人」は男性形で「droitier」ドロワチエ、女性形で「droitière」ドロワチエ―ルと言います。
現代ではサウスポーと聞くとなんだか芸術家っぽくてかっこいい感じがしますし、スポーツによっては有利になったりしていいイメージがありますが、それでも人数的には右利きの人の方が多いです。なので例えば楽器とかはさみなども含め、日常生活でも右利き向けに作られているものが多いようです。
できればこれからは「gauche」 ゴーシュの「権利」も尊重して良いイメージの意味が増えて欲しいです。
ところでフランス語の「右」という言葉には実はもっとややこしい意味もあるんです。
フランス語を学習する日本人にとって非常にまぎらわしいこのもう一つの意味とは何でしょうか?ちょっと長くなるのでこれは次回の記事に書きますね。



コメント
You could certainly see your expertise in the article you write. The arena hopes for even more passionate writers like you who are not afraid to say how they believe. Always go after your heart.